【COLORful Interview】桜井はやと 7年ぶりの新曲をリリース。「人生に寄り添えるような歌を歌っていきたい」
桜井はやとが2月18日、7年ぶりの新曲「愛にたりない」をリリースする。しばらく新曲のリリースから遠ざかっていた桜井だが、その間も舞台や昭和歌謡コメディーなど役者としての活動にも精力的に取り組んでいた。テイチク移籍第一弾となる新曲「愛にたりない」は、”さまざまな縁が結びついて実現した”と話す桜井。さまざまな経験を経て、人生の機微を知ったいまだからこそ、表現できる歌がある。
バイクでの日本一周、そして歌の世界へ
7年ぶりの新曲リリースとなりましたが、この7年を振り返られていかがですか。
桜井 インディーズでは新曲を作ったりライブ活動を続けながら、舞台出演など役者の仕事もけっこう多かったんです。メジャーからリリースする機会にはなかなか恵まれませんでしたが、そのぶん地道に活動を積み重ねてきた7年間でした。
いままでの歌手人生の中で、迷いや立ち止まられた時間というのはありましたか?
桜井 もういっぱいありました。やっぱりコロナが一番大きかったですね。”てっぺんからどん底まで落ちて、もう一度てっぺんになるぞ!”と、「てっぺん」という曲を7年前に出したんですけど、仕事も一切なくなって活動ができなくなって…。そこから 2、3年は、這い上がってくるのが本当に大変でした。
高校時代は野球に打ち込まれて、甲子園にも出場。卒業後、俳優を志して上京されたんですね。
桜井 そうですね。上京して養成所に入って活動していました。二十歳のときに、バイクで日本一周の旅に出ました。各地でアルバイトをしながら1年かけて日本を旅して、帰京後は再び役者活動を再開しました。小さな舞台に立ちながら、歌にも興味があったので、たまたま家の近くにあったHANZOさんのミュージックスクールに飛び込みました。通い始めて、だんだんと歌がいいなって思うようになっていたときに、そのスクールでキム・ヨンジャさんの運転手を募集しているという話を聞いて、また飛び込みました(笑)。
その経験は桜井さんにとっていかがでしたか。
桜井 運転手として働くなかで、ステージでも裏でもヨンジャさんの背中を見ていて、演歌ってすごいなと思いました。 そこから、僕の師匠である作曲家・藤田たかし先生に演歌を教えていただくようになり、いろいろなコンテストや大会に出場していたら、応援してくれる人たちが現れて後援会が結成されるまでになって…。皆さんの後押しもあって、もう一度HANZOさんのもとに戻りHANZOさんが詞を、藤田先生が作曲してくださって2010年に「はやと」名義でデビューしました。

「愛にたりない」不器用な僕の姿を詞に
そして、2017年に「桜井はやと」に改名しメジャーデビュー。今回は7年ぶりの新曲となり、テイチクレコードに移籍し第一弾のシングルですね。
桜井 テイチクさんへの移籍のきっかけは、新曲の作詞を手がけてくれた都丸悠先生と、先生の音楽事務所に所属している歌手の前田留美さんと仕事で久しぶりに会い、”メジャーでもう一回やってみたい”という思いを伝えたことでした。その話に賛同してくれた方が、テイチクさんに話を持っていってくれまして、”やりましょう”という返答をもらい、新曲リリースが決まりました。
たくさんの人との出会いとご縁が結んだリリースになったんですね。
桜井 本当にそうです。じつは僕の父親も若いころに歌手を目指していて、東京に出てきたときにいまはテイチクの大御所である山本譲二さんと一緒に下宿していたらしいです。師匠の藤田先生は、山本さんの高校の先輩だったという…。テイチクさんにご縁をいただいたことは、不思議なつながりがあるなと感じています。
この曲はどのように誕生したのですか?
桜井 作詞家の都丸さんが、昨年の僕のバースデーライブを観に来てくださり、そこで感じたことをそのまま詞にしてくれました。タイトルの「愛にたりない」というフレーズは、「愛が足りない」ならよく耳にしますが、少し聞き慣れなくて。でも詞を読み込むうちに、考えさせられるなと感じるようになって、聴き重ねるほどにその良さが染み込んできていますね。
都丸先生からは何か説明はありましたか?
桜井 「愛に足りないんだよ」って(笑)。僕を見て書いたっておっしゃるんですが、不器用なんです、僕。けっこう古くさい生き方しかできないみたいな。そんな一本筋みたいなものがあるということを書いてくれたんだと思います。
ご自身はこの曲をどう解釈されましたか?
桜井 1番では、相手のことが好きな段階なんですよ。もう好きで、好きで、片思いしてる感じだと思うんですね。2番はもう付き合ってるんです。ずっと苦楽をともにした、長く連れ添った夫婦みたいな。最後の「今は届かぬ俺の心」というフレーズ、これはもう相手がいなくなってしまった状態。だから、1番の「輝いた流れ星」というフレーズが伏線じゃないかなと。そんなふうに思いながら歌っています。

この曲とともに、歌謡界のてっぺん目指して
これまでさまざまな経験を重ねてきたいま、ご自身の成長や得たものを感じることはありますか?
桜井 ありますね。20代、30代はとにかく若さとやんちゃさだけで突っ走っていました。「俺が一番うまい」と本気で思っていたくらい、わりと勘違い野郎だったんです(笑)。でも7年という月日もあって、40代に入ってから気持ちが落ち着いてきて、「それじゃいけない」と思うようになってきました。親も歳をとって、いろいろなことを考えるようになって。「歌手やめようか」「これからやっててどうなるんだ」って、不安しかない時期もありました。20代、30代のときは「絶対やれる」って根拠のない自信があったけど、40代半ばになると、もう後がないという感覚があって。だからこそ、「これが最後、と思って気持ちを入れ替えないとダメだ」と。元気だけじゃなく大人の歌を、やっとこういう歌が歌えるようになってきたなって、そんな気持ちがあります。
年を取ることも悪くないですよね!
桜井 悪くないですね。若いときには歌えない歌を歌えるようになるっていうのは。自信もついたり、余裕も出てきたり。いいプレッシャーもありますけど、田舎の友だちや応援してくれている家族もそうだし、やっぱり歌で恩返ししなきゃいけないなと心から思いますね。
ありがとうございました。最後に、これからどんな音楽、歌を届けていきたいですか。
桜井 まずは「愛にたりない」を一人でも多くの方に聴いていただけるよう、全力で頑張っていきたいと思っています。この曲も、c/wの「人生の贈り物」も、どちらも人生を語っている曲。だから、聴いてくださる方の人生に寄り添えるような、そして感銘を与えられるような歌を歌っていきたい。歌謡界のてっぺんを目指して「てっぺん」という曲も歌ってきましたが、引き続きてっぺんを目指して「愛にたりない」を引っ提げてまた登っていきたいと思っています。

【PROFILE】桜井はやと 1982年6月6日、鹿児島県隼人町(現・霧島市)出身。高校時代は都城高校野球部に所属し甲子園に出場。卒業後、歌手・俳優を志して上京。21歳でバイク日本一周の旅を敢行し、各地での出会いが表現者としての感性を育てた。2010年より「はやと」名義で活動を開始。2017年、「桜井はやと」へ改名。故郷の桜島と隼人町、そして父の想いが込められた名前で新たなスタートを切る。2026年2月18日、テイチクレコード移籍第1弾シングル「愛にたりない」をリリース。さらなる進化を続けている。
NEW RELEASE!!
2026年2月18日発売
桜井はやと「愛にたりない」

「愛にたりない」
作詞:都丸悠 作曲:藤田たかし 編曲:矢田部正
c/w「人生の贈り歌」
作詞:都丸悠 作曲:小田純平 編曲:矢田部正
テイチクエンタテインメント TECA-26008 1,500円(税込)


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